アラカルト
41.「道後の市」のにぎわい
 このにぎわいはキリスト教布教のため、道後にやってきた宣教師たちが、十字架を造るために
 大木を運ぶのを「道後の市(いち)」の人々が手伝っている情景です。
 この時は小早川隆景の治世紀で、まだ河野通直らしき人が「道後の市」で蟄居(ちっきょ)
 していたと宣教師ルイス・フロイスは『日本史』に記しています。
 また、フロイスは「道後の市は日本中で最も(物が)やすい土地の一つである」との司祭たちの
 印象も記しています。
 当時の「道後の市」はにぎやかで活気にあふれていました。一はこのように宣教師たちは地元の
 人々の大歓迎を受け、布教に希望を抱いていたようですが、秀吉から「バテレン追放令」
 [天正15(1587)年6月]が出されると、人々の態度が一変、宣教師たちは急に迫害を受ける
 ようになり、命からがら船で伊予の地を去りました。