アラカルト
39.佐古岡神社の武人像
松山市和気町馬木に佐古岡神社という神社があり、その社殿の左右には一対の武人の像が置かれ
てあります。この二人の武人は、湯築城を築いた河野通盛と最愛の猶子(ゆうし)・通遠(みち
とお)です。
正慶2・元弘3(1333)年、鎌倉方の河野通盛は300余騎を率いて、京の鎌倉方出先である
六波羅探題の救援に赴いていましたが、侵入してきた足利尊氏の軍勢と京の内野で対峙(たい
じ)します。
この時、足利方の武将・大高重成が「河野の御大将、いざ勝負せん」と名乗りを上げ、通盛に
一騎打ちをしかけました。そこで通盛が前に出ようとしましたが、それを通遠がさえぎり、
かわりに自分が一騎打ちをして戦死します。
この時、通遠はわずか16歳の若武者だったそうですが、通盛は自分の身代わりとなって散った
通遠をいとおしみ、佐古岡神社に通遠を祀(まつり)りました。
この神社は今でも、地元の人々から氏神として敬(うやま)われ、大切に守られています。