戦国時代と河野氏
34.戦国時代の湯築城
 愛媛県埋蔵文化調査センターの調査結果をもとに、戦国時代の湯築城を推定復元してみました。
 総面積86,000㎡という大規模な城郭である湯築城は中世の城郭にかかわらず一部、石組みや
 礎石、瓦を用いた建築など、想像以上に近世的な姿でした。
 堀も現状のごとく二重にめぐらされ[天文4(1535)年=温付堀の普請]、平山城の形となり、
 外堀と内堀の間には家臣団居住区の遺構などのほか、おびただしい数の「かわらけ」や輸入陶磁器
 などが見つかっています。
 中央の比高32mの丘陵上(本壇・中壇)にどんな構築物があったのか、まだ解明されておりま
 せんが、堀切、鍛冶遺構などが見つかっています。
 湯築城は道後平野の要であっただけでなく、伊予国の守護所、石手寺や道後温泉、町場の管理と
 いった多彩な機能を果たしていた点が注目されます。



南方上空より俯瞰したもの。戦国時代の湯築城を推定復元。
俯瞰(ふかん)=高い所から見下ろすこと。