河野氏の内乱
33.湊山の戦い
 細川氏との戦いの間、いったん和睦をしていた河野宗家と予州家でしたが、細川軍を撃退した後、
 再び両家は争います。一時は通春方が優勢になるものの、通春が病没(戦死説も)すると、
 その根拠地だった湊山城も落城します。<BR>河野氏の長い歴史の中でいくつか不運があり
 ましたが、その中でも河野氏の内乱は他国の武将たちの伊予侵入を何度も許しただけでなく、
 河野氏の弱体化を促しました。しかし、予州家・通春の存在は意外に大きく、応仁の乱での
 活躍は伊予の水軍と河野氏の名を高めたと言われます。