室町時代と河野氏
29.兄弟(通義と通之)の約束
 室町幕府の後押しに、また南北朝の[明徳3・(1392)年]により、伊予国においても
 河野氏は比較的に安定した時期を得ます。それまで南朝方であった忽那、村上氏らの水軍や
 河野庶家の土居、得能の諸氏を配下として組み込みます。
 一方、幕命により各地に転戦するなど、よく幕府につかえた通義でしたが応永元(1394)年、
 病を得て余命が短いことを悟ります。そこで弟の通之を呼びよせ、家督を譲ります。
 その上で弟に次のことを頼みました。
 「まだ生まれぬ自分の子供が男の子で将来、棟梁(とうりょう)の資質があれば、その子に宗家を
 継がせてやってほしい」、そう言い遺して通義は25歳の若さで没します。
 生まれてきた通義の子が男の子であり、その子・犬正丸(後に通久)が16歳になった時に、
 通之は兄との約束どおり、通久に家督を譲りました。