戦乱の南北朝時代
25.陣僧、救援に走る
 今や風前の燈(ともしび)となった通堯に対し、一人の陣僧(じんそう=戦場や城で戦死した者
 を弔ったり、時には傷の手当てなどをした僧侶で、時宗の僧が多かった)が同情、ひそかに恵良
 城を抜け出ると、今は南朝方として敵方でもある越智郡大島の 水軍(海賊衆)の将・村上義弘
 (むらかみよしひろ)と今岡通任(いまおかみちとう)のもとを訪れ、通堯の窮状を二人に切々
 と訴えました。
 義弘たちもいたく同情し、急拠、軍船を恵良城に近い浜辺にまわして、危機一髪で通堯を救出し
 ました。
 そうして通堯に南朝への帰順をすすめ、忽那島から九州の征西府に移っていた懐良親王のもとに
 送り届けました。
 通堯は懐良親王に帰順を誓い、名も通直と改めます(河野氏で通直を名乗る者は他にもおり、
 煩雑さを避けるために以後、通堯で通します)。