戦乱の南北朝時代
21.湊川合戦の激闘
 建武3・延元元(1336)年4月、尊氏軍(総勢7,500艘、20万騎)は海陸の二手に
 分かれ、兵庫湊川(みなとがわ)で天皇方との決戦に臨みます。
 それに対する天皇方は新田義貞、楠木正成らが迎え討ちますが、圧倒的な兵力差に
 いかんともしがたく尊氏軍に敗北します。
 敗走した新田勢の中には伊予の天皇方の土居、得能氏らがおり、一方、勝利した
 尊氏軍には河野通盛、それに天皇方で智勇兼備の将・楠木正成を自害させた
 大森彦七などがおり、同じ伊予勢同士でありながら明暗を大きく分けました。