捨てひじり一遍上人
18.通信の墓に詣でる一遍
 遊行の途路、一遍は承久の乱で信州伴野荘(長野県佐久市)に流された通信の二男で、
 伯父の通末(みちすえ)の墓を訪ねます。その墓前で初めて「踊り念仏」を躍ったと伝えられます。
 また奥州平泉に流された祖父・通信の墓(江刺)にも詣でました。栄光と波乱に満ちた通信の
 生涯をしのぶ一遍の胸中はいかばかりだったでしょう。
 通信はこの地で68歳で没しましたが、一遍も通信の死から57年後に兵庫和田岬(兵庫県)で
 眠るがごとく、51歳で入寂(にゅうじゃく)しました[天応2(1289)年]。
 一族の滅亡や離散が一遍上人の信仰にに大きな影響を与えたことでしょう。なお『一遍聖絵』が
 完成されたのは、その10年後の正安元(1299)年です。