元寇と河野通有
12.弘安の役(蒙古の再襲来)
 前回の文永の役に続き、その7年後の弘安4(1281)年、元軍はフビライの命を受け、
 日本に攻撃をしかけてきます。
 今回は軍を東路軍(朝鮮南岸より出発、軍船900,兵4万2千)と江南軍(中国より
 出発、軍船3,500、兵10万)の二手に分け、やはり博多湾を目指しますが、江南軍の
 到着が遅れ両軍の合流に手間取ります。
 一方、日本軍は博多湾の海岸に石築地(いしついじ)をめぐらして、元軍を待ち受けて
 いました。